6月
初めて光がさした日

やまない雨。
どこまでも続く水の中を、ただひたすらに船で進んでいく。

「ねぇねぇお兄ちゃん!『ハレ』のおはなしして!」
「また?」
妹のリクエストに少し呆れ気味に返事をする。

「いいじゃん!だってまだ着かないでしょ?」

この世界には、かつて『ハレ』という天気があったらしい。

何百年も前。ある日突然降り始めた雨が、今も変わらず降り続いている。
大気の影響だと言われているけど、いまだに理由はわかっていない。

「うーん……じゃあ『虹』って知ってる?」
「にじ?」
「ニャーン?」
1人と1匹が頭にハテナを浮かべながら一緒に首をかしげる。
僕は遠い空を見上げながら続けた。

「そう。雨が止むと、空に虹と呼ばれる七色の橋がかかるんだ」
「なないろのはし!? ほんとー!?」
「本の中ではね…。虹にはいろんな言い伝えがあるんだよ。
虹を見ると願いが叶う、虹の麓には宝物が埋まっている。虹を渡った先には……」
「渡った先には!?」
「ニャン!?」
瞳をキラキラと輝かせながら前のめりで話を聞く妹に視線を戻し、僕はゆっくりと首を横に振った。

「それが……きっと誰も渡ったことがないんだ。どの本にも書かれてないんだよ。
ただ渡った先には、人々が抱えきれないほどの素晴らしい幸せが眠ってるんだって」

このおとぎ話は時代がどれだけ変わっても、いまだに語り継がれている。
僕は瞳を閉じて、まだ見ぬ『虹』を想像してみた。

「お兄ちゃん!見て見て!お魚さんがよく見える!」
そんな心地よい静寂をかき消すように、妹が興奮気味に声をあげる。

「…え?」

妹の発した言葉を不思議に思いながらも、一緒に水面を見つめた。
……なんだろう? 水の中が、こんなにはっきり見えるなんて。
水面を見つめ、僕はある一つの可能性を思いついた—

「—雨が、止んだ?」

その時、厚い雲に覆われた空から、強い光が差し込んだ。

「わぁ!?なに!?」
「うっ…!?」
それはあまりにも突然だった。真っ二つに割れた空から射す、眩い光。
世界の光をすべて集めても、きっと足りないくらいの。

「なんの光だ!?」
「パパみて!空が割れてるよ!」

光に誘われて、今まで閉じ切っていた周りの家の窓が次々と開いた。

そして、薄暗かった世界が光で満たされ、空気中の水に反射して七色の—

「わあ!きれい!!すごーい!!」
「ニャー!」
「これが、『虹』……!」

僕はあまりの眩しさに目を細めた。
無彩色だった川も建物も、すべてが色を取り戻して、キラキラと輝いている。

空は、まるで一生分の雨を降り尽くしたみたいだ。
ようやくカラカラになって、今まで溜めていた光が一気に降り注いだように。
「お兄ちゃん!虹きれいだね!!」
「うん……!きれいだ、想像の何百倍も」

虹の先には、人々が抱えきれないほどの幸せが眠っている。
ただ……それを確かめた人は、まだいない。それならば—

「—よし!行き先変更だ!あの虹を渡った先に!」
「えーっ!やったー!!」

あのおとぎ話が、本当に存在するのなら—

『出発進行ー!!』
「ニャー!」

それはきっと……素晴らしい冒険の始まりだ!