3月
引越しの日

鼻先をくすぐる潮風に、カモメの鳴き声と波音の爽やかなセッション。
どこまでも続く道を進むたび、大好きな故郷が離れていく。
優しく揺れるトラック、あったかいコタローの体、大切な思い出がいっぱい詰まった荷物……

すべてがどうしようもなく胸を締め付けるけれど、
私は明日が、この道の先が、待ち遠しくてたまらない。

「コタロー!風が気持ちいいねー!」
「ワン!」

隣に寄り添うコタローが嬉しそうに応えてくれる。

「まさかあの画廊で働けるなんて……有名な芸術家の作品がたくさんあるんだよ!
水彩画に油絵、陶芸にそれから現代アート……」
「ワゥン!」

新天地に思いを馳せつつも不安げな私を、コタローが励ましてくれる。

「あはは!任せて!大学でいっぱい勉強したからきっと大丈夫!」

この春から私は、憧れだった都会の画廊に就職する。
多くの有名アーティストが下積み時代に働いていた伝説の画廊だ。

「……私の夢への第一歩が始まるんだ。」
希望と決心を胸に感じながら、私は遥か遠くに続く海を見つめた。

小さい頃から絵を描くのが大好きだった私は、いつしか芸術家を目指すようになった。
周りから無謀だと笑われたこともあったが、
私の小さな応援団であるコタローとお父さんだけはいつも私の夢を信じてくれた。

これからは画廊で働きながら、ふたりに恥じないような素敵な作品をたくさん生み出して、
いつか有名アーティストになるんだ!

「ワン!ワンワン!」
「わぁっ!?もうっ!くすぐったいよー!」

私のただならぬ空気を感じ取ったのか、コタローがたっぷりすぎる愛情表現をくれる。

すると、懐かしく心地よい軽トラの低い発進音がなり、海風が優しく私の髪をなびかせた。
その時…
海の向こうに夢と希望が詰まった大都会が顔を出した。

「ワン!ワォーン!」
「見えた!見えたよー!!高いビルがいっぱい!」

私は期待に瞳を輝かせながらも、拳を握りしめた。

「ワォン!」
「大丈夫!私、ぜったい頑張れる!」

コタローのエールをしっかりと受け取り、私は柔らかい黄金色の体を大切に抱きしめた。

どこまでも続く道を、私は進む。
途切れないように、未来へと繋がるように……
私はこれから、新しい自分を描いていく。